東京高等裁判所 昭和48年(ネ)615号 判決 1974年10月07日
控訴人 箱崎産業株式会社
右代表者代表取締役 箱崎昌人
右訴訟代理人弁護士 隈元孝道
被控訴人 中野区
右代表者区長 大内正二
右指定代理人東京都事務吏員 山下一雄
<ほか二名>
主文
一、本件控訴を棄却する。
二、控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円およびこれに対する昭和四五年五月一日より完済にいたるまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は第一および第二審とも被控訴人の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。
(被控訴人の主張)
訴外小松かつよの本件印鑑登録は昭和三一年前になされていた。
(控訴人の主張)
被控訴人の右主張事実は認める。
(証拠の関係)≪省略≫
理由
一、当裁判所も控訴人の請求は失当であると判断するところ、その理由は、次に付加するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。
(1) 原判決書一一丁表八行目の「当事者間に争いがなく」を削り、これに代えて、「成立に争いのない甲第四号証の一ないし三によって認められ」を付加する。
(2) 被控訴人区が申請により印鑑証明書を発行するにあたり慎重な注意を払うべきことはもとよりであるが、同区担当職員がその事務を取り扱うに際し、申請書に押捺されている印影と印鑑登録原簿に押捺されている印影との同一性を照合確認するに際し、肉眼照合により疑義がないと認められるものについてまで、常に拡大鏡を使用し、あるいは両印影を重ねあわせるとか、検査機械で識別するなどしたうえで証明書を発行する義務があるものとは考えられない。そして、本件の場合についてみるのに、控訴人主張の各印影が肉眼照合によってその相違が一見明瞭であるといえないことは、引用にかかる原判決の示すところと同一である。
(3) ≪証拠省略≫によると、東京都では被控訴人区など都内二三特別区の印鑑証明書の交付手続に関する条例の行政指導として、印鑑登録にあたっては、印鑑登録原簿に印鑑の材質、寸法、形状などを記載しておき、印鑑証明書の交付申請があった場合には、その印鑑の呈示を求め、それと右のように印鑑登録原簿に記載されている印鑑の材質、寸法等とを、事情によってはノギスなどの器具を用いるなどして照合確認すべく、もし印鑑の呈示を求めても応じないときは証明書の交付を拒否できるものとしているが、このような行政指導が厳格に行なわれ、かつ、それにそう条例等の制定がなされたのは、昭和二四年中になされた訴外かつよの印鑑登録の後である昭和三一年頃以降であること、そして同年頃以降においても、それ以前の印鑑登録原簿に印鑑の材質、寸法、形状等の記載がない場合には、登録者にあらためて印鑑の呈示を求めて同原簿の記載を整備することをせず、また一般にそのような煩雑な事務処理態勢はなく、昭和三一年頃以前と同じく申請書に押捺された印影と印鑑登録原簿上の印影とを、単に肉眼照合する方法によって確認し、疑義のないものについては、印鑑の呈示を求めないで印鑑証明書を交付していたこと、そして、訴外かつよの登録印鑑原簿には、当初記入された材質が水牛である旨の記載が残されたままになっているが、その他の調査事項は記入されていないことが認められ、これに反する証拠はない。してみると、本件印鑑証明書の発行にあたり、被控訴人区の担当職員が訴外かつよの印鑑の呈示を求めることもなく、印材の材質、寸法、形状の照合もしなかったからといって、格別注意義務を怠ったともいえないのみならず、仮にその呈示があっても、右印鑑の寸法、形状を照合し、その同一性を確認することは不可能であったといわねばならない。
(4) 本件印鑑証明書の申請手続が訴外かつよ自身でなく、代理人によってされたことは、引用にかかる原判決書の認定事実によって明らかであり、≪証拠省略≫によれば、本人またはその代理人が新たに印鑑登録手続をする場合または同登録申請と同時に印鑑証明書の交付申請をする場合には種々厳重な調査、照合の方法が取られていることが認められるけれども、それはいずれも昭和三一年以後の新規登録にかかるものであり、しかも本件のように既登録の印鑑についての印鑑証明書交付手続に関するものでないことは、右各書証の記載によって明らかであるから、同各書証によって認められる右厳格な取扱例によらなかったことをもって、本件印鑑証明手続に過失があったものとすることはできない。
二、よって、控訴人の請求を排斥した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用は敗訴当事者たる控訴人に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 畔上英治 判事 岡垣学 唐松寛)